30 ONE NIGHT DERAM(王様の妄想)

<1>

隣近所を気にせずでかい音が鳴らせて酒は売るほどあって、サラミとチーズは絶妙で、雰囲気はニューヨークで、マスターは聞き上手で、ホント言うことないね」

だいぶ酔いが廻った山本が語り始めた。

「これで隣にミステリアスな女でも座っていたら、それだけでこのスツールが王様の椅子に変わるんだけどな

誰かの普通が、山本にとっては富士山が逆立ちするくらいの大変なことなのだ。

だいぶ夜も更け、山本とマンツーマンの店で、聞き上手と言われたマスターは山本の見果てぬ夢にしばらくつきあうことにした。

「山本さんの言うミステリアス女ってどういう感じ?」

四六時中妄想だけで生きているのかと思うくらい、山本のその反応は早かった

目を瞑り、ゆっくりとひとつひとつ言葉を選びながらそのミステリアスな女とやらを語り始めた。

 

・・・髪は長いが、背はそれほどでもない

胸はでかいが、足首は細い

肌は多少荒れているが、指はきれいだ

関西弁が混じるが、顔にも他の国の血が混じっている

タバコはメンソールで、左にだけえくぼが出来る

笑うと目じりにしわがよるが、睫の長さでカバーしてる

ピアスは片方だけだが、耳は両方ある

声は低いが、鼻は高い

黒が似合うが、ルージュはパールピンクだ

高学歴だが、おそらく中退

画は描けるが、胡坐はかけない

頭の回転は速いが、足は遅い

気が強いが、酒はもっと強い

趣味と特技は履歴書からはみ出る

ミス・キャンパスに選ばれるが、補導歴もある

コンマ1以下の近眼だが、男を見る目はある

パプリカは食うが、ピーマンはよける

30歳半ばだが、それ以上の年輪が見える

女以上の不思議な何かを醸し出している

 

次から次へと吐き出される妄想に、マスターの口は徐々に開き始め、あごがはずれる寸前でその妄想が止った。

「まあこんなところかな?」

山本の満足そうな顔を見て、マスターは深呼吸とため息を同時についた。

ここまで具体的な妄想にお目にかかったのは初めてだ。

「あっ!忘れていた。それと・・・」

と、山本がさらに続けようとした。

「もういいですよ、山本さん。イメージは充分湧きましたよ。本当言うとすでに頭の中は、ピカソのキュビズム状態ですからね」

「面白い!いいね、マスター」

ここはCaféBarROOTDOWN

メインメニューはJAZZ

ジャズで本音を知り、酒で本音を吐く。

 

<2>

その女が入って来た時、マスターの呼吸が一瞬止まった。

まさか!これはデジャブーなのか?

そんなマスターの顔色を見て、山本も振り返った。

そして思わず「あっ!」と叫んだ。

よほどあわてていたのか、口押さえるつもりが頬を押さえた。しかも両手で。

ちょっと太めなムンク。

なんてアートな夜だ。

そこには山本の妄想の女、ピカソ?が立っていた。

マスターは迷わず、女に山本の隣の席を奨めた。

山本が現実と妄想の間をさまよっているのが手に取るように分かる。

傍目には石より硬くなっているだけだが。

時々神様と事実は、小説よりわざとらしいいたずらをする。

女はお絞りには手をつけず、「ハイボールを」と言うとメンソールを取り出した。

石になった王様はちらりと隣を見ただけで、また石に戻った。

相変らず、暗く澱んだ空間にはマイルス・デイビスの「RELAXIN」が流れ、その空間の大部分を占拠している。

「待ったか?」

その空間を裂いて入って来た男がピカソの後姿に言った。

「ううん、少し前に来たとこ」と振り向きもせずにピカソが応えた。

今入ってきた男が、ピカソを挟むように腰を下ろした。

1時間の1/4くらいで歴史は変わった。

王の座は今入ってきた男に無血のまま引き継がれた。

太め王様は、ただの悲しい妄想男に戻った。

そう、歴史はいつだって、夜と女によって作られ、そして壊される。

水割りに口をつけながら辺りを見まわしていた新しい王様が言った。

「山本じゃあないか?」

突然自分の名前を言われて驚いた山本は、ピカソ越しに声の方を見た。

「島田か?懐かしいなあ、何年ぶりだ?」

山本はそう応えながら、ピカソの相手がなんと昔の同僚であったことに複雑さを隠せなかった。

「ちょっと、替わってくれ。昔の仲間なんだ」と島田はピカソに言い、ピカソと島田が入れ替わった。

入れ替わったピカソがさりげなく、島田と自分のグラスを置き換えた。

「もう、5年くらい経つだろう」と島田。

島田はその後独立し、その身なりからして成功した部類に入っているらしい。

山本は未だに、同じ会社で男のお局(つぼね)になっていた。

その後山本は、王の座は奪われたものの、島田のお情けで同席を許された。

再び気を取り直した山本だが、その山本とピカソの間には、銀河系流星群のような島田の存在が輝き続け、山本の放つ光はピカソまで届かなかった。

最後に、島田がポツリと言った。

「俺もそろそろ年貢の納め時らしい。この秋、こいつと一緒になることにした」

・・・その後王様はその美しいお后を娶り、いつまでも幸せに暮らしたとさ。

 

<3>

やがて二人は帰り、閉店間際の店は、またマスターと山本の二人になった。

「俺は決めた」と、さらに酔いが廻り、難破船のようにぼろぼろになった山本が、

「髪は短いほうが清潔だ。背は当然高いほうがスタイルがいいに決まっている。関西弁はくねくねしていて前から嫌いだった。胸がでかい女は馬鹿が多い。それから・・・・・あとなんだっけ?」

と、言いながらカウンターに伏せ、そのまま動かなくなった。

夢のままのほうがいい夢だってある、と伏せた山本を見ながらマスターは思った。

店を閉める準備をしながら、ぎりぎりまでそっとしておいてやった。

「さあ帰りますよ、山本さん。起きて下さい」

何度か肩を叩き、やっと起き上がった山本が言った。

「あーあ、一度でいいからそのセリフ、男と飲み屋のママ以外に言われてみたいね」