39 TIME+SLIP(ライブ茶屋)

<1>

学生の就職率が落ち込んでいるという。

卒業しても4割以上もの人間が就職出来ないでいる。

そんな話題の主が3人、カウンターでなにやら深刻な話をしている。

まだ、開店したばかりの店内は彼らだけで、やはり洩れ聞こえてくるのは就職の話題だ。

そのうちのひとりが

「田舎にでも帰ろうかな」と、あきらめたとように言った。それに反応したひとりが

「おまえんち、百姓でもやってんの?」

「いや普通のサラリーマン。来年、おやじは定年だって言ってた」

「それじゃあきついな、帰っても・・・・」

しぼみかけた話に、残った一人が

ああ、腹減った、とでも言うようなあまりにも素直な本能を口にした。

「米でも盗むか?」

(どういう展開だ?)

マスターはカウンターの真正面で盗み聞きを続けた。

彼らにとってマスターはこの時、置物にでもなっていたらしい。

「でも米だけじゃあ生活できないし・・・」

(おいおい、田舎に帰りたい青年は否定することなく米泥棒を真剣に考え、その次まで心配している)

「余った分は売って金にすりゃあいいだろうそれくらいの頭は使えよ」と、残った一人が続けた。

(余った米を金やものに換えろといっている。まるで江戸時代のお武家様の暮らしだ。しかし禄を食(は)む事が出来るのは、まともに働いたものだけだ)

マスターはこいつらを、今すぐ番屋にでも突き出したくなった。

たかが言葉のキャッチボールでも「米でも盗むか?」と言った大暴投があれば、その時点で会話が終わるのが普通だ。

そうでなければ「米でも盗むか?」の後に続くせりふがあるだろう。

馬鹿なこと言うなよでもいいし、それって、泥棒だろうとか。

誰もたしなめず、流れが変わったことに気づいているのかいないのか、平気で会話が続いていく。

しかもその泥棒役は盗んだ後の心配までしてもらっている。

頭が悪いわけではないのだろう。単に短絡過ぎるだけなのだ。買うことが出来なければ盗む。

自分たちだけがよければあとはどうでも、と言う今の風潮なのか?

その後の3人の会話はお決まりの同級生かなんかの女の話になり、米泥棒の話しはそれで終わりになった。

しかしマスターは、特殊な若者だけが特別に新聞をにぎわせてるわけではなく、こんな軽々しく短絡的に犯罪を口にする彼らのような予備軍が、世の中ごろごろしているんだと、改めて思った。

たとえ、コーヒー1杯で数時間粘っても、気持ちよく向かえてあげたい学生もいる。

しかし、目の前の3人のような客は、今すぐにでも叩き出したいくらいだ。

マスターは心の中にほうきを立て、さらに塩までまいた。

気がつけば音はとっくに消えていたが、改めて針を落とす気にもならかった。

ここはCaféBarROOTDOWN

メインメニューはJAZZ

言論の自由が、いつしか行動の自由につながらない事を祈るばかりだ。

 

<2>

話しに飽きた3人とすれ違いに秋津が入ってきた。

「学生は気楽で言いや」

すれ違いに出て行った3人のことを言っているらしい。

「そうでもなさそうですよ、米泥棒の話をしてましたからね」

マスターは決して客のプライバシーを口にした事はないが、今日ばかりは後味がわるい。

「おいおい、今時米泥棒か!何と素朴な青年たちよ」

秋津が歌うように言った。

そんな一言で、マスターは自分ひとりが興奮していたことが馬鹿馬鹿しくなった。

考えてみれば、田舎イコール米、即米泥棒、何と素朴なというか、幼稚な発想だ。

無駄な時間と神経をあの3人のために使ってしまった。

気を取り直したマスターはガラスケースの向こうに廻り、ケニー・バレルの「Midnight Blue」に針を落とした。

やっといつものROOTDOWNに戻った。

「ところでマスター、一石って何俵だか知ってる?」

カウンターの外から江戸時代が帰ってきた。

「さあ?」マスターは全く見当もつかなかった。

「2.5俵。米1俵で一人が約1年間食える」

(加賀城は二百五十万俵の米俵で出来ていたのか?)

突然マスターの妄想は江戸時代に飛んだ。

米俵をピラミッドのように積んだ加賀百万石がマスターにだけ見えた。

抜け殻になったマスターを見て秋津が言った。

「また飛んでるみたいだけど、頭はもっと有効に使ったほうがいいと思うよ」

秋津はマスターが時々飛ぶことをよく知っていた。

付き合いきれないと言う目をしながら秋津は水割りに口をつけた。

 

<3>

その日マスターは夢を見た。

夢の中で、マスターは飲み屋のおやじになっていた。

ただそこらの飲み屋とは一風変わっていた。

店にはいつも三味線が流れ、唄が響いていた。

いつでも、酒1合で唄や三味線が聴ける音楽茶屋だ。

自分でも時々、三味線を弾いたりしている。

しかし、所詮道楽で台所は火の車だ。

ある夜、誰もが寝静まった丑三時、物音に気づいて目覚めると障子に人影が映っている。

しかしなにやら様子が変だ。

殺しているらしいが息遣いが荒く、それが静か過ぎる闇にはっきり聞こえる。

布団から顔を覗かせ、その奇妙な出来事を身じろぎもせずに見ていた。

やがてその人影は立ち去った。その時、3人いたことが初めて分かった。

しかし、立ち去ったはずが、月明かりに青白く浮かんだ障子にもうひとつ、うずくまっているような影が見える。

しばらく見ていたがそれはただ、じっとしているだけだった。

にらめっこに痺れを切らし、ついにおやじは障子を勢いよく開けた。

そこには米俵が一俵寝そべっていた。